こんにちは!神様とご縁を繋ぐ 光子です。
お正月からだいぶ時間が経ちましたが、お正月に京都に行ってきました。
今回は、今年のお正月の京都でのことを書きますね!
まずは松尾大社へ。
この日は天気予報からして雨で、そして到着したら雨が降っていました。
とはいえ、この日しか行ける日がなかったので、雨は承知の上。本降りではなく、パラパラと小雨で助かりました。
傘を持っていては、柏手が打てないので、お参りする時は、傘を置いてを繰り返して…
少々雨に濡れながらも、お参りさせていただきました。
そしてお参りするも、長居せずに次に行くように促されまして…??
本殿の前のみならず、上がったところにある、滝のところの罔象女神(みつはのめのかみ)様までも
『はーい、どうもどうも!また来てね!!じゃ、次に行っておいでー!』
といったご様子でした。
(正確になんとおっしゃったか、忘れてしまったのですが(^^;) )
この日の前日に、家の近くの神社の中で、松尾神社と罔象女神様にご挨拶をしていたので、そういう意味でも、
『はいはい、次行っておいでー!』
ということだったのかもしれないのですが、私としては
「え、来たばっかりだけど?!」
と非常に拍子抜け&びっくり。
とは思いつつも、ご挨拶はしたし、神様には次に進むよう促されるしで、大きい破魔矢をいただいて退出しました。
これまでは来る度に、松尾大社の中でお蕎麦をいただいていたので、
「こんなに滞在時間短かったの初だよ?!」
と思いながらも次へ。
次、どこ行こうかなと思っていたのですが、お参りがすんだら
「月読神社に行こう!」
と考えるでもなく、すっと決まり、松尾大社の境外社である、月読神社へ向かいます。
松尾大社を訪れたのは何回目??(4、5回目くらい)だけれども、月読神社を訪ねるのは初めてです。(松尾大社からちょっと遠いです)
どうやら安産祈願で有名な神社らしく、
「もしかして、いらっしゃる神様は、伊勢の月読命様とは、異なる方かも??」
なんて予想しながら、訪ねました。
しばらく歩いて、とうちゃーく!!
雨だし、人がいる辺りから遠いし、誰もいませんw
神社の人もいないから、人間は私だけでした。
(そういうの好き)
月読命様のお宮の前に行くと、
「おおう、雰囲気、月読宮の荒御魂の感じにちょっと近いな」
と感じました。
ふわっと優しいだけじゃない、という感じです。
物々しさもあるというか。
月読命様のお宮の前まで来たら、お宮の奥に摂社があるのに気づいたので、まずはそちらにご挨拶。
そして、戻りまして月読命様のお宮の前に戻って、いざご挨拶をしようとしますと、
「あ!お伊勢さんの月読命様と、同じ方だ!」
と気づきました。
『やっほー!』
とはおっしゃらなかったものの、知り合いに声をかけるような気楽さで、迎えてくださった月読命様。
実は、ここに来ることを、過去に検討したことがあって、それは、神様と作った四神タロットを作るにあたって、神々の皆様にご挨拶&お伺いをさせていただいていた時のことです。
というのも、神様の存在感(の詳細は後述します)がはっきりしている神社と、ふわっとしてるように感じられる神社があって、どこの神社に行くかで、こちらが受け取れることの量に、違いがあるのです。
神様の存在感というのは、例えば、お話できる量(聞こえ方のはっきりさ)とか、見せていただけるものの鮮明さ、こちらが受け取れるキラキラの量、などなど。
言うまでもなく、神様のエネルギーを強く感じるのは、存在感がはっきりしている神社です。
私にとっては、聞こえ方のはっきりさと、神様のエネルギーの強さの感じ方が、最もはっきり差があって、それはたぶん、ふだんから私が割と聴力の人とか、そういうのとも関係があるかもしれません。
(音楽学部卒だし、耳だけはやたらいいです)
存在感がはっきりしている神社では、生身の人間と会話するのと同じくらい鮮明に聞こえます。
存在感が薄くなればなるほど、どんどん聞こえなくなって、キラキラをかけてくださる量も、少なくなります。
(とはいえ、お参りして全然かけてくださらない神社は、まぁないです。小さい祠とかでも)
この差は何なのか、と考えると、人々がその場所にいらっしゃる神様を大切にしているかどうかに、関わっていると思います。
大切にしてる人の数、手厚く感謝の形を取られているか。
そういうことが、神様の存在感の強さ、言い換えれば保ち続けられるお力の強さに関係してるのだろうと感じています。
(そういうのもあって、神社にゴミを捨てたりするのは、本当にやめていただきたい)
話を戻しますと、神様と作った四神タロットの下準備をしている時に、
「京都と伊勢と、どちらに伺えばよろしいですか?」
と、自分の家からすぐに行ける場所にある月読神社さんでお尋ねすると、伊勢とのお返事が。
そんなわけで、カード作りには、伊勢を訪ねたのですが、ここに来て、その理由に納得しました。
というのも、ここの、京都の松尾大社の月読神社も、決してエネルギーが弱いわけではありません。
「たくさんの人に、大切にされていらっしゃるんですね」
と思わず神様にお伝えしてしまうくらい、存在感がはっきりされています。
とはいえは、ここで月読命様にお会いして、それでカードを作っていたら、
「月読命様って、和御魂と荒御魂で、こんなに違う方なんだ!!(開きがあるんだ!!)」
と知ることなく、和御魂の月読命様の、王子様みたいな一面だけを知って、それが月読命様の全てだと思っていたと思います。
なぜなら、ここには荒御魂をお祀りするお宮はないからですね。
王子様みたいな、優しくて陽気な(ウィットに富んだ)月読命様がいらっしゃるだけです。
そして、存在感はすごくはっきりしてるけど、カードの絵柄を見せてもらえるくらいの、はっきり度合いかと言うと、さすがにそこまでではありません。
(存在感が強くないと、はっきりは見えない)
それはやっぱり、私しかここにいないこととかさぁ…
というわけで、大納得。
そして月読命様と、楽しくお話しさせていただきました。
誰もいないから、堂々と会話しましたよw
「そういえば、今年の年始のブログで、月読命様が教えてくださったことを、紹介させていただきました!」
とお伝えして、
『嬉しい!』
って言ってくださったり(*^^*)
それから、私の近況報告とか。
「昨年からお仕事行き始めたんですよー!」
『知ってるよー!楽しそうだね!』
ってお話とか。
なんかすごい励ましてくださって、泣きそうになったりとか。
とにかくひたすら、楽しかったです。
そしてひとしきりお話しすると、
『もう次に行った方がいいよ』
と月読命様に促されたので、次の目的地に向かう道を調べますと…
ちょうどよく、ちょっと歩いたところにバスが来るらしい。
帰ろうと振り返ってご挨拶すると
『急いだ方がいいよ!』
と教えてくださいました。
なんでだろう?時間余裕あるけど?と思いつつ、バス停に行きますと…
行った先にバス停が2箇所!(市バスと京都バス)
「あー、ここで迷ってるうちに、乗り逃すよってことだったのか。しかも先に見えてたバス停、間違ってる方のバスじゃん!」
ということで、神様が教えてくださったから小走りで来たので、確認する時間があって、ちゃんとバスに乗れました。
時刻表を見ると、乗れなかったら20分待ちだったらしい(^^;)
バスに乗って、虚空蔵法輪寺へ。
虚空蔵菩薩様がご本尊のお寺で、行ってみたいと思っていたのに、前回時間がなくていけなかったところです。
虚空蔵菩薩様がご本尊のお寺って、珍しくないですか??
そんなわけで行ってみたかったのです。
十三詣りが有名らしい。
なのですが、どうして??
不思議なのですが、バスに乗っていて、一点を超えたら、ガクッと雰囲気変わりまして…
うまく言えないけど、結界を張ってあるところを通りすぎると、こういうふうになります。
「うわ、なんか、怖いって言ったら言い過ぎだけど、安全じゃない感じ。どうしたどうした?」
と思いつつ、嵐山が怖いらしいって、こういうこと?って思っていました。
さっきまでいたところが、結界の中だった、みたいな感じです。
渡月橋の前までバスで来て、渡月橋を渡らずに、来た道を戻って、法輪寺さんへ。
すごい階段だ。
のぼりますよー!ひたすら!
階段を登り始めると、なんだか怖いのがなくなっていって、静かで澄み切った、落ち着いた心持ちになっていきました。
一番上まで到着!
虚空蔵菩薩様は、丑年生まれと、寅年生まれの守り本尊さんなのですが、狛犬ならぬ、
「丑さん&吠えてる寅」が!!
来る前にイメージしてたのは、阪急の駅に広告があるくらいだし、ドーン!!ババーン!!という感じの広くて荘厳なお寺でした。
けれどここは、こじんまりとして、落ち着いて、穏やかで静かな感じのお寺。
結構意外な感じです。
神社と比べるからか、余計に穏やかさを感じるし、お祈りすると、虚空蔵菩薩様も、すごく穏やか。
さすが、虚空から何でも出しちゃう!ということになっている菩薩様。
来られたことの感謝などなど、虚空蔵菩薩様と、大黒天様にご挨拶です。
虚空蔵菩薩様のご本尊を、拝観できたりしないのかしら??なんて思いつつ、ご祈祷を受ける人だけが入れるっぽく断念。
しばらく過ごして、ご挨拶して、階段を降りて行きました。
階段を降りると、途中で、ぬぅぷ!という感じで、出ました。
神域から出た時の感じなのですが、神社じゃないから、なんて言うのが正解でしょう?
階段を上がる時は、神域?結界内に入ったことに気づかずに、穏やかに変化していったのですが、出る時は突然でした。
「おおう、ここの空間だけ、違ったのか!」
と、出てみて気づくパターンです。
そしてなんだか、守られている感じで、バスに乗っている途中から感じていた、安全じゃない感じがなくなっていました。
それは、場が変わったんじゃなくて、自分が覆われて守られてる感じです。
ああ、ここ(嵐山)は、虚空蔵菩薩様のお守りの場所なのね、と。
嵐山に来たら、虚空蔵法輪寺さんにお参りするのが、あるべき姿なのね、と納得しました。
では、下鴨神社に向かいましょう。
ということで経路を調べるも、さっき渡らなかった渡月橋を渡った向こう側のバス停でバスに乗る指示です。
わーお、マジか…
なんか怖そうだったから避けたかったんだけど、と思いつつ、
「法輪寺さんに行ったから大丈夫だよ」
と、感じていました。
怖いのは、まず水の量も川の規模も尋常じゃないことで、雨だったから、たぶん余計に水が多かったのかと思います。
あと、渡月橋って、何かあったよね?
振り返っちゃいけないとか、何か。
そんなわけで、そわそわしながら渡りました。
とはいえ、バスまで時間がないので、さっさと渡るしで、渡り始めたら平気でした。
橋の中ほどまで来て、ふと左手側の山を見ますと、雨なのもあって山が幻想的にけぶっていて、尋常じゃなく美しい。
すごくきれいで、
「わぉ、本当に風光明媚なところなのね」
と感心しきりです。
そして「一大観光地なのね」と人の多さやお店を見て、思っていました。
長くなったので、続きは次回にしますね(^^)
あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。
光子でした。