こんにちは!神様とご縁を繋ぐ 光子です。
昨日、小4の娘から
「どうしてママは毎日お祈りするの?」
と質問されました。
おお?!やっかいな質問が来たぞ?と思いつつ、
「神棚があるから」
と、そこに山があるから、になぞらえて返事をしました。
無事回避!と思ったのも束の間、
「神棚があっても毎日お祈りしない人もいるじゃん」
と娘。
むむむ、そう来たか…ならば
「神棚あるのにお祈りしないって、ハムスター飼ってるのに世話しないのと同じじゃん」
と返します。
すかさず、
「神様はハムスターと同じなの?!」
「え…同じじゃないけど、例えだよ……」
答えづらい質問だったけど、ひと段落と思い、ちょうどお祈りをするタイミングだったので、いつも神棚の前に手を合わせる仏様に手を合わせると…
やばい、めちゃくちゃ怒ってらっしゃる…
火山みたいになってて、今にも爆発しそうなくらい怒ってらっしゃる…!!
これはやらかしました。
「ごめんなさい、ハムスターと同じじゃないです、ごめんなさい」
と必死にあやまりつつ、これは娘に本当のことを話すべきだと、心を入れ替えました。
娘に話した本当のこととは、以下のようなことです。
昔はさ、神様とか仏様とか、信じてたわけじゃなかったの。
だけど、ある時神社で不思議なことがあって。
何があったかは話せないんだけど、その時に、神様って本当だったんだ!!って思ったの。
それで神棚を用意したし、お祈りしてるんだよ。
それにね、例えば、隕石が降ってきて、家がなくなっちゃうなんてことは、あっても全然不思議じゃないんだよ。
だけど今日も家があるし、食べる物もあるし、みんな健康でしょ?
全部当たり前みたいだけど、どれも全然当たり前じゃないんだよ。
今日もちゃんと朝になって、明るくなったことだって、奇跡なんだよ。
そういう当たり前のこととか奇跡に、感謝してるんだよ。
こんな話をしました。
娘ちゃん、やっと納得してくれました。
娘には話せなかった、神社で体験した不思議なこととは、下鴨神社にお参りした時に、光が私のお腹に入ってきた話です。
ブログでも何度か紹介している話なのですが、そのお参りをした時、気づいていなかったのですが、既に妊娠していて、その後生まれたのが娘でした。
※詳しくは→光が入ってきた話
そんなわけで、子どもたちには話さないことに決めている話です。
例え子どもが知ることになったとしても、それは大人になってからであるべき、と思っています。
それはさておき、私がお祈りをする理由を話しながら、私が驚いたのは、
「そうか、昔は神様も仏様も、別に信じてなかったんだった」
ということと、
「神様を近くに感じる生活を始めて、まだ11年くらいなのか」
ということ。
ずっと前から神様が好きで、ずっと神様のおそばにいさせていただいてるような気がしていたので、驚きました。
(これ↑を書きながら入ってきたのは、神棚の有無に関わらず、神様のおそばにというのはその通りだったみたいです)
そして最近の私には、
「神様や仏様を信じるか」
という質問がナンセンスに思えるくらい、ご神仏は確かな存在です。
神様のことはさておき、わからないはずのことがわかる・不思議なことが起きる、というのは、思い返せばもう20年以上前からのことです。
気がついたら、不思議なことがわかる人として生きてきた年月の方が、長くなってしまいました。
不思議ではあるものの、わからないはずのことがわかったり、目には見えないものを見て怖い思いをしたり、気配を感じる。
さらには、そこまで不思議ではないにしても、昔から勘はよくて、勘の良さと本能だけで、いろなんことを切り抜けてきました。
さらには、母を迎えに来た光を見たり、前述の神社での光のエピソードなど…。
「不思議なこと、たくさんあるなー」
と思っていたものの、それらの点在する不思議なことを集めても、それが第六感の強さを物語っているとは、全く思っていませんでした。
霊感が強いだとか、シックスセンスだとか、霊能者だとかの人たちは、何かもっと、すごい体験をしてるのだろうと、自分とは違う世界の人たちなのだろうと思っていました。
とはいえ単純に、それは私がボケていたのかもしれません。
というのも高校時代からの友人に
「もしかして、私みたいな人のことを、霊感が強いって言うのかもしれない」
と30代になってから話すと、
「はぁ?何を今さら…そんなの高校生の時から知ってたわ!!」
と、友人は盛大に呆れていたのです。
昔よくあった、気配を感じるだとかは、たぶんよくないものを感じ取っていて、怖い思いをたくさんしました。
とはいえ、今私が思うのは、
「あの、気配を感じるとか、なんだかわかっちゃうという頃の感じは、今の神様とお話ししたりする感じと、本質的には繋がっていたんだな」
ということです。
気配を感じるとか、見えるとか、なんかわかるとか。
それから、勘の良さとか。
それらは、一見すると神様とお話しするとか、心地よい気を感じ取るとか、見せていただくということと、違ったことのように思えます。
けれど思い返すと、例えば赤ちゃんが最初は寝返りを覚えて、はいはいするようになって、つかまり立ちをするようになってと、だんだんと歩いたり走ったりできるようになる過程と同じように、一見違って見えても、繋がっていたんだなと思うのです。
そして、これが本題なのですが、
「神様とお話ししたりはないけど、なんとなく気配を感じたり、不思議なことがわかる」
くらいの方は、結構いらっしゃるようだと、普段よく感じるのです。
特に、私の鑑定に来てくださる方や、講座を受けてくださる方には、とても多い印象です。
本当は、日常生活の中にもそういう人はたくさんいて、でもわざわざ話すことじゃなから、鑑定や講座の時にだけ、お聞かせいただく、ということかもしれません。
私も日常生活の中では言いません。
わざわざ言うことではないので、ね(^^;)
そういった、本当は少し感じ取っているけれど…という方を見て、最近思うのは、
「受け入れちゃえばいいのでは?」
ということです。
感じ取っていることを、
「なんとなく…でも違うかも」
と躊躇するのではなく、
「あ、教えてもらってるのね」
と受け入れてしまうのです。
受け入れることに際して、注意しなければいけないことはあるのですが、どうしてそう言い切れるかというと、ここまでたどり着いてみた結果、思わぬギフトに恵まれたと感じるからです。
どんなギフトだったか、それは細かくはたくさんありますが、わかりやすいところで言うと
・健康を取り戻したこと
・HSP(ハイリーセンシティブパーソン)ではなくなったこと
です。
あとは、神様のお言葉は、何もかも教えてくださったりはしないので、考えさせられるとても勉強になるお言葉に富んでいることも。
HSPでなくなったことについては、次回のブログで詳しく書きますね。
(長くなってしまうので)
とはいえ、これは注意点でもあるのですが、何を受け取っているかというのは、厳しい言い方を恐れずにするなら、
「自分自身の身の置き方、在り方、意識の向けているのはどこなのか」
ということと、関係しています。
怖いものばかり感じ取ったり見ていた昔の私は、クズでした。
いや…クズではないかな…??
普通をどこに定めるかにもよりますが、普通だった可能性も…
嫌だなと感じる友達を無視はしないけど避けたり、普通に嫉妬心も持っていたし、自分の利益や得たい物のために、人の気持ちを考えることなく、行動していました。
まぁ、10代はそんなものとも言えるかな…
でも、今の私がそういう自分であったことを書くことは、とても恥ずかしいことだと感じるくらいに、本当に人として情けなかったと思います。
そして、その頃の私は、怖いものばかり、見たり感じていました。
あ、なんかわかっちゃうのもありましたが、それは怖いとは関係なくありましたね。
今は、そういうのはしません。
嫉妬心を持ちそうになるシチュエーションは、自ら避けます。
「いいなぁ、羨ましいな」
を通り越して、嫉妬の業火に焼かれそうになるような思いは、持たないようにしています。
お仕事でお付き合いのある方でも、相手にも感情やプライドや事情があると気をつけて、関わるようにしています。(鑑定以外のお仕事もしているので)
それは、ビジネスライクじゃないということとは違ってですね。
ビジネスライクじゃないと相手も困ってしまうので、ビジネスライクに伝えながらも、物の言い方やタイミングだとか、相手を敬って配慮することはできるので、そういう気遣いを忘れないようにしています。
そして、あまりに自分を卑下するのもよろしくないし、怖いニュースや悲しいニュース、それから怖い話などを積極的に受け取るのもよろしくありません。
もちろん、悪口を言うのもおすすめできません。
すぐに自分に返ってきてしまうので、自ら進んで穢れに?業を積みに?行っているようなものです。
などなど気をつけなければならないことはたくさんあるのですが、でも、できないことではないですね。
そういったことに気をつけながら、自らが感じている、なぜかわかっていることを、そのまま受け取ること。
そう心がけて暮らしていくことが、ご神仏を近く感じることもそうですし、思わぬ道が開けていくことにも繋がるはずです。
おまけに、おかしなスピリチュアルに騙されるということからも、遠くなっていけるでしょう。
何が本質なのかが、自分でわかるようになりますからね!
(軽くスピっぽい人ほど、おかしなスピに騙されてる印象…)
次回、文中で少し書きました、HSPではなくなったことを書きます。
どういうこと??という感じかと思いますが、本当に、ハイリーセンシティブパーソンじゃなくなったのです!最近!
そして今回のブログはそこに繋がっているので、次回が本題とも言えるかな??
あなたの毎日が
今以上に素敵なものとなりますように。
光子でした。
Categories
私がお祈りをする理由と、不思議なことを受け入れるの話
あわせて読みたい